ノイズは降るがままにせよ

小学生の頃、お年玉で買ったSANYOの赤くて小さなラジカセでラジオの深夜放送を聴くのが何よりも好きだった。僕がよく聴いていたのは、毎週日曜日の夜にTBSラジオでやっていた『ミステリーゾーン〜体験実話シリーズ〜』という番組で、これはリスナーから寄せられた恐怖体験実話をもとにしたラジオドラマだった。

いま考えると荒唐無稽な内容ばかりだったけれど、声優さんの演技と効果音が真にせまっていて、仲間の誰もがこの番組に夢中で、月曜日の教室で前の晩の体験実話について「あーでもない」「こーでもない」と語りあうのがお決まりとなっていた。

友達との会話に乗り遅れないように毎週オンエアの時間になるとベッドの上で布団にくるまり、そのなかにラジカセを入れて耳をそば立てて真剣に聴くのだけど、その際に頭を悩ませる問題が一つあった。

それは自宅近くの国道を走るトラックやダンプカーの無線の音をラジオが拾ってしまうことだった。その多くは、業務の報告や渋滞状況、行き先の天候などに関する短いやりとりだったけど、そのなかに『ミステリーゾーン』の時に限って割り込んでくるノイズがあった。

他の番組ならばまだしも、なぜ決まってこの時間に?しかも、その運転手はとんでもないダミ声で毎回演歌を熱唱する始末。僕は『北酒場』や『兄弟船』『襟裳岬』といったド演歌を恐ろしいダミ声で聞かせるこの男を、映画『オーメン』の主人公である悪魔の子の名前からとって「ダミアン」と呼んでいた。

その音声をよく分析してみたところ、「今日も頼みますよ、どうぞっ」とか、「いよっ日本一!どうぞっ」といった合いの手がたまに入ることから、どうやらダミアンは仲間の運転手に向かって熱唱しているようだった。もしかするとこれは運転手同士による眠気覚ましの儀式なのかもしれない、と子供ながらに考えもした。とにかく、交差点が赤信号の時は特に酷くて、1分以上もダミアンのステージに付き合うことになってしまい、体験実話が怖ければ怖いほど、その恐怖を爆笑へと変え、物事を台無しにしてしまう厄介なパワーがあった。

僕はなんとかこの困ったノイズを回避しようと、友人のアドバイスや雑誌の記事を参考に、ラジオの位置を変えてみたり、ラジオのアンテナとカーテンレールをワイヤーで結びつけたりしてみたけれども、どれも徒労に終わった。一番上の兄から「ラジオ自体を変えてみては?」という助言を受けて、いったん兄のコンポを借りて試してみたけれど、結果は同じだった。

そして、あきらめモードでラジオに向かい、半年ばかりが経ったある日曜日の晩。自分の耳を疑うような出来事が起きた。

いつもの『ミステリーゾーン』の時間になり、ノイズの襲来に身構えながら体験実話を聴いていると、どういうわけかダミ声が聞こえてこない。すると、体験実話に覆い被さるようにして「山さん、今日も一曲たのんますよ。どうぞっ!」というお馴染みのお調子者の声が割り込んできた。しかし、ダミアンからの反応がない。

あれ?おかしいぞ…。毎回鬱陶しくて仕方がなかったが、無ければ無いで不思議と落ち着かない気持ちになって、すかさず僕はラジオのボリュームを上げた。体験実話のおどろおどろしい効果音と女性の叫び声が布団の中で響く。

10秒ほど経った時、いつものゴォーという砂嵐のような音とともに、疲れきったダミ声がぼそっと聞こえてきた。

「昨日かあちゃんが癌で入院しました。どうぞ」

ダミアンは確かにそう言った。
そして、この日を境にダミアンたちの声はぷつりと聞こえなくなってしまった。

あれほど威勢の良かったノイズがなくなると、心にぽっかりと穴があいたような気がして、なんだか友達と離ればなれになってしまったような喪失感におそわれた。
『かあちゃん』とは誰のことなのか?母親なのか?それとも奥さんなのか?ダミアンに訊いてみたかった。その後、手術はしたのか?無事退院は出来たのか?そもそもダミアンはどこの生まれで、どこの運送会社に勤めていて、毎週どこに荷物を運んでるのか? 教えて欲しい。

それから3週間後の日曜日。国道16号と国道20号がぶつかる大横町交差点。
僕はSANYOの赤くて小さなラジカセを手に持ち、イヤホンで『ミステリーゾーン〜体験実話シリーズ〜』を聴きながら、目の前を行き交うトラックを眺めていた。

(T.Y. 東京都 病院勤務)